「ルヴァ・イディル、《サブリミナル》行きます」

 ほんの数時間で整備を間に合わせた割に、《サブリミナル》はルヴァの思い通りに起動した。
 追跡レーダーとモニターに比重を置いた根本的なスタイルに代わりはなく、武器らしい武器もなく。

 戦艦から飛び出したルヴァは巧みに《サブリミナル》を操り戦乱へと赴く。

「良い子ね、《サブリミナル》。今度もまたよろしく。
 お姉さんに――ジェネシスの《エリシア》に会いにいこう」

 先に出発した《シグー》は《ストライク》と交戦しているらしい。点滅する光に自分の波動を重ね、間違いない事を確信する。

「《シグー》、《ストライク》…………良い子達ね、ラウとムウを護ってね……」

 更にレーダーを走らせ、見覚えのある戦艦へと辿り着く。

「《アーク》………」

 星の海を行く巨大な戦艦、幾度となく交戦を乗り越えてきた不朽の戦士。

 戦艦へとチャンネルをつなぐ。
 無線のシステムを乗り越え――――《ヤト》を握りしめる。

「《ヤト》……お願い、話をさせて……《アーク》と……」

 脳がじんと痺れて倦怠感が全身を襲う。
 光が溢れたと同時に電撃が全身を覆い、一瞬《サブリミナル》の電源が落ちる。
 すぐさま普及したモニターが、砂嵐から段々と精巧なカラー画面にいなっていく。

「……《アーク》……」

 抱く《ヤト》の熱が上がり、ルヴァは耐えかねて口からうめき声を漏らした。
 だが、そんな事でコンタクトを切る訳にはいかない。

「《アーク》……聞こえてる?」

『――あなたは、ルヴァ・イディル!』

 モニターに映る驚愕した女性に、ルヴァは思い当たった。

「ああ……こんにちわ、ラミアス艦長」

『あなた一体どうしてここに……!?』

「さあ。全ては事もなし、かな」

 微笑みを浮かべたつもりが、ルヴァは自分でも顔が引きつっているのがわかった。
 《ヤト》の負担が大きすぎる――本来《サブリミナル》には回線を造り出す機能はない――この回線をずっと保ってはいられない。

「ミリアリアは……そこにいる?」

『え……』

 戸惑いながらモニターが切り替わり、ピンクの軍服に身を包んだミリアリアが映し出される。
 その姿を見てほぅ、とルヴァは息をついた。

 その場にいる。
 いなくなって、ない。

 相手側にルヴァの異変が通じたのか、ミリアリアは顔をしかめた。

『あなた、どういうつもりなの……今度はまたザフトについたの?』

 前回と同じ様に硬い言葉も、今は柔らかさを内に含んでいる。
 《ヤト》の熱を感じながら、ルヴァは声を振り絞った。

「……なみだのあと、消えた、ね」

『な――――』

「消えて……よかった」

 プログラムされていない。
 直感とでもいうのだろうか。
 ありえない気持ちが身の内から流れ出していったのか、ルヴァにはわかった。

 言い終えると、ルヴァはすぐさまバチンと回線を閉じた。

 宇宙の静寂と暗闇が《サブリミナル》を埋める。

「《ヤト》……ありがとう……たくさん無理して回線を繋いでくれて……」

 熱は下がらないまま、全身を蝕んで行く。

「こわれちゃう……のかな……」

 《イージス》の爆発規模から考えて、何らかの故障がない訳がなかった。
 フラガもそれを見抜き、製作所へと帰そうとしたのだけれど。

「……や、……と…………」

 神経が灼ききれ、思うように呂律も回らない。

 わずかに動く指先が、カチリとメタルフレームを叩く。

「……たいせつ…………やと…………」

 肩先から火花が飛び散り、足の先も痙攣を始めた。



『ルヴァ様……?』



 ぼやけた視界に鮮やかなピンクが入り乱れる。
 ただ澄んだ声がかろうじて聞き取れた。

『ルヴァ様、あなたは何のために戦っているのですか?』

「…………たたかう?」

『恋人のため、家族のため、愛する者のために。
 憎しみのため、嫉妬のため、怒りのために――――ヒトは理由を持って戦いをするのです』

「あい……する……」

 ぴしり、と左目に亀裂が入った。

『あなたが大切に想うものは何ですか』

「……や…………と」

『それだけですか?』

「……………?」

 左耳に電子音が鳴り響き、そして静かに還る。

『生きてほしいと心から願う者は誰ですか?』

「いき………て…………」

 浮かび上がる残像に、その驚くべき数にルヴァは右目を見開いた。

「ふらが――ぜろ、きら、すとらいく、ふりーだむ、ふれい、いーじす、あすらん、ぶりっつ、にこる、でゅえる、いざーく、ばすたー、でぃあっか、あーく、みりありあ、えみりー、あいしゃ、ばるどふぇるど、じゃっく、ごーと、くらふと、さんでぃ、らいあ、すのう、さぶりみなる、しおん、えりしあ」

 吐き出した息に混じって瞳から零れ落ちた雫が宇宙間に舞う。


「くるぅぜ――――」


 もはや微塵も動かないはずの指先に、ほんのりとした暖かさが戻る。

 いつしか抱かれた、ヒトとしてのぬくもりが。

『その方達のために、どうかルヴァ様。
 あなたも生き抜いて。

 あなたは紛れもなくヒトの子なのだから』

 ふわりと浮かんだラクスの笑みがはっきりとルヴァの瞳に映る。

「ひとのこ――わたし、が…………?」

『あなたが望めば、あなたも《ヤト》も。

 ヒトとは願いを想える人を指すのだから』

「……《ヤト》……は……《私》……――」




 ちぐはぐは繋がれた。




 呟きと共に回線は切られ、また静寂が《サブリミナル》のコクピットに戻った。

 ルヴァはただ、メタルフレームの己の身体を抱いて瞳を閉じた。






「おいで、《ヤト》――――お前は《機械の私》」






 受け入れられる、今ならば。



 自分が望んだ身体ではなかったけれど、失敗作であったかもしれないけれど。



 それは間違いなく《ヤト》と名付けた自分の半身であり、還る事を心待ちにしていたのだから。











 そして今はこの《力》で、助けなければならない人が――大切なヒトたちが、いる。























   *




















 開いた瞳はすぐさま光を感知した。
 否応無しに注ぎ込むそれに、クルーゼは怒りさえも憶えた。

「おいこら、いい加減起きろ」

 無理矢理やり過ごそうとしていたのに、大きな声に邪魔されてしまった。
 急激に意識は浮上し、クルーゼは身を起こした。

 はた、と我に帰り目を見張った。

「どういうことだ、これは」

 見渡せば自分が寝ていたのは個室の床だったらしい。
 フローリングに白い壁、ただし家具は見当たらない。

「残念ながら俺にもよくわからん」

 起こした張本人のはずのフラガは肩をすくめた。
 けど、と続ける。

「多分、こいつのおかげなんだろうよ」

 その腕に抱いていた残骸を見せると、クルーゼは苦笑いを禁じ得なかった。

「ああ、貴様の推測は外れてはいないな。大方あの宇宙海域にあった機械すべてを自分の管理下に置いたんだろう」

 直前に読み返した資料を反芻して、クルーゼは確信した。
 『アレ』はもともと、人の手に負えるような子どもではなかったのだ。

「……そんなこと、できるのか」

 疑るようにフラガが言うと、クルーゼは惜しみなくうなずいた。

「なんせ『機械の母神』だからな……子ども達も母親の言葉には素直に従うらしい」

「それじゃこの家も?」

「なんだと?」

「なんかアットホームなマイハウスって感じの作りだぜ。ただし窓の外は星の海」

「……金属さえもその意で動かせるのならば、それもまた可能かもしれんな」 

 立ち上がりカーテンを引くと、フラガの言葉通り映るのは暗闇に瞬く星々だった。

「……もう、やめるのか……?」

 祈るように呟かれ、クルーゼは振り返ることなく失笑した。

「そこの『壊れかけ』が身を以て呈した答えだ――少しはのってやるのも良かろう」

 確実にジェネシスに撃たれると直感した瞬間、胸に直接響いてきた光詞。
 機械で造れた声にも関わらず、それは天上の歌声にも勝る美しさだった。
 一番自分に近い場所にいたはずなのに、いつの間にか対極の祈りを持ち合わせていた少女の。

「貴様は運がいいな」

 踵を返し、力強く抱きしめていたフラガの腕をどけるとクルーゼはそう呟いた。
 色も落ち、半分はもがれてしまったのか、かつて動いていたそれは生々しい残骸となっていた。

 細い指がメタルフレームを弄り、手のひらでそれを撫でた。

「名前を呼んでやれ。それでルヴァ・イディルは目を覚ます」

 弾かれた様にフラガは名と愛称を連呼し、次第に露になった蒼い瞳に惜しみない口づけを落とした。





















「――――おはよう――――」





























 生まれてきちゃいけない子も、生まれながらに罪を背負っている子も、神として生まれてくる子も、誰もいない。


 それは他人が夢見るものだから。


 ヒトも 機械も あなたも 私も 誰も……少しでもひとりでも、この胸を締め付けるほど痛切に想ってくれるなら、




 信じてもいい。




 私は人で、《ヤト》は機械で、




 でもそれでも、 生きようと思うなら―――――――― ―――――  ―  。

















































生きて欲しいと、生まれて欲しいと願うのは尊いことだと思うのですよ。
それは慈しみと愛で生まれた悲しい想いなのだから。

浩波 色
10月20日2003年


















































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