●異常●
バタンバタタバタッ
私は瞬間的に、妙なイメージを受けた。
大きな巨人が群をなして、こちらに向かって来るような……。
潰されてしまう! ひかれてしまう! 押し飛ばされてしまう! 降って来る降って来る降って来る!
違和感。圧迫感。恐怖。
耳を塞いでも衝撃は骨を通って頭に伝う。
心臓の音さえ便乗して早まるような不揃いの足音――
「カンッ!」
鋭いぼーさんの呪文が響き、ピタっと音が止まった。
はぁー…………びっくりした……。
おそるおそる目を開けると美智子さんも青ざめた顔で一樹くんと健太くんを抱きしめてリビングで座り込んでいた。
「リン」
素早くリンさんがコンピューターに何かを打ち込み、モニターを見つつヘッドフォンを耳に押し当てる。
「一応、録れてはいます」
「発生源は?」
「……屋上ですね」
どき。
だって……屋上はさっきぼーさんが走り回ってもその足音は気づかない程度のものだった。
だとすると……あんなにたくさんの不揃いの足音は……『人間じゃない』?
「気温に変化は見られません。映像にも何も」
「磁気は?」
「多少乱れてはいますがカメラが止まるほどでもありません」
そのままナルとリンさんは何やら専門的な話に込み入ってしまった。
……なんだかまだ全然鼓動が収まらない。どきどきが止まらなくて……こんなのが急に来たら、いくらなんでも恐いし……いつ来るかってビクビクしちゃうよね……。
「まーまー」
健太くんがぐいぐいと美智子さんの袖を引っ張る。
「ごめんね、ごめんね健太……一樹も。もう大丈夫よ」
気遣わししげに弱々しく美智子さんは微笑んだ。なんか、すごく痛々しい。
「今、何があったか調べてますから……」
私がそう言って健太くんの頭を撫でると、美智子さんはどこかほっとしたようにうなずいた。
「お願いします……」
「いつも、こんな前触れなく急に……?」
「ええ……段々迫って来るみたいに音がどんどん大きくなって……先ほどはあの方が止めて下さったんですよね……いつもは、もう少し長いんですが」
「まーまー」
「なぁに、健太?」
「けんたも遊びにいきたぁい」
え……?
無邪気に、本当に無邪気に健太くんは美智子さんの袖を引っ張って言った。
美智子さんの顔も青ざめている。
「ね……ねえ、健太くん。誰と遊びにいきたいのかな?」
「ともだちー」
「お友達? たくさんいるの?」
「んー……たくさんいるよ」
「お名前はなんていうのかな」
「いつきくん」
「イツキくん?」
ちら、と美智子さんの方を見ると青ざめたまま顔を横に振った。
イツキ君、なんていう子供は少なくとも美智子さんは知らないらしい。
「一樹君はそのイツキくんに会ったことがあるのかな?」
ようやく落ち着いたのか、一樹くんはまだどこか強張った顔をゆっくりと傾げた。
「んーん、知らない」
「そか……」
だとしたら幼稚園の友達とか……小さい子っていうのは親の知らないところで勝手に友達作っちゃったりするけど……。
でもそれがなんで『足音』から連想されるんだろう?
あの『足音』はイツキくんのもの?
「ねえ、健太くん。それじゃあさっき聞こえた『足音』は……イツキくんが来ようとした音なのかな?」
「……………………?」
健太くんはよく意味がわからなかったようで、きょとんとした首を傾げた。
「何か……勘違いをしているんだと……」
でもそう言う美智子さんは、とても怯えて見えた。
子供達を落ち着かせますから、と奥の部屋に美智子さんが移動したので、私もベースに戻って今の話を早速報告した。
「『足音』に『イツキ』か……」
「でもぼーさんの経文で消えたってことは幽霊だったんじゃないの?」
「さぁな。確かに経文は唱えたけどそれで消えたからって幽霊とは限らん。もし人為的にやっているんだとしたら、単に俺の声でびっくりして止めただけかもしれないし」
「んー……」
まだまだ謎は残る、ってことか……。
ナルもリンさんが操るモニターを見ながら剣呑な顔をしている。
「ぼーさん、手応えはあったんだろう?」
「ま、な。ただ消えた訳じゃないと思うぜ。
なんていうかな……こう、流水を手で払ったような感覚だな」
困惑したようなぼーさんの表情を見て、ナルも指を顎にあててうなずく。
「部屋の中で特に急激な温度変化は見られない」
「でも実際録音できたんだろ?」
「ああ。足音はだんだん大きくなる……迫って来るように」
「やはり屋上からか……一応もう一回見て来るか?」
「そうだな」
そういってぼーさんとナルはまた屋上を向かったけど、すぐに帰って来て何もなかったと報告をした。
幽霊か人間か……何が誰が何の理由でこんなことをしているんだろう……?
続き
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