●終わらないから●



 あの後児童相談所に電話をして(細かい調整は安原さんがしてくれた。多謝。)、美智子さんはカウンセリングに通うことになった。その間、健太くんと一樹くんは児童相談所に預けられることになった。お母さんと離ればなれになった二人は可哀想だったけど……でも、その前にカウンセラーを交えてたくさんお話をしたら『足音』も『奇妙な失せモノ』も起こらなくなったと聞いた。

 だから結局、私達は何もできないまま引き上げるしかなかった。
 健太くんと一樹くんに憑いていた子供達の霊は落としたけど、それは本人が無意識のうちに呼び込んだものだったから、之から先も絶対にありえないとは言い切れない。それには、やっぱり美智子さんの力が必要だから。

 でも、旦那さんからの連絡は全くなかった。

「なーんていうか、後味が悪いわねえ……」

 道玄坂SPRの応接室。
 一同オールキャストでそろって慰労会。といってもジュースと軽いおやつくらいしかないけど。テーブルのつまみを囲んでソファに座る。当然、ナルは所長室でリンさんは資料室におこもりだけど。

 どことなく、みんな落ち込んでいた。

「結局あのアパートは引き払うことになったって言うし……」

「旦那さんの持ち物は全て消却した言うてはりましたしね……それで忘れられれば一番なんですやろけど……」

「難しいだろうな。熟女は思い込みが激しいから」

 ……ぼーさん、今綾子にすっごい睨まれたことに気づいてないだろ。もしくはわざとかっ!

「まあでもナルちゃんが必死に動いてた理由もわからんでもないな」

「最初に話を聞いた時にピンと来たんじゃないでしょうかねえ……」

 ぼーさんと安原さんがうなずき合う。

「どゆこと?」

「なぁに、じゃあアンタ達も奇襲にあったワケ?」

「奇襲??」

 全然話が見えません。
 混乱してる私のために、真砂子が私が説明しますわ、と乗り出した。

「私、補習のために学校へ行っていたんですけれど。あのナルがわざわざ校門で私のことを待っていましたのよ」

「んげげっ!?」

 それって……なんか恐いような。

「私の時もそうよ。他のお得意さまのところにいるから、って言ったらそこに行くからって。ホントに来た時はびっくりしたわよ。ついでに『頼みがある』よ? どんな悪い病気にかかったのかと疑ったわよ」

「ちなみに俺も依頼があったから、っつってわざわざスタジオまでご来店」

「渋谷さん、遠くの教会までわざわざ来て下さったんです」

 ってーことはー……

「…………ひょっとして、あの時出かけたのって、皆をわざわざ呼びに行ったってこと?」

「美智子さんの旦那さんにも会って来たって言ってましたね」

「それ、ほんと、安原さん!?」

「ええ。まぁけんもほろろというか。つっぱねられたみたいですけどね。自分にはもう再婚を考えている人がいるからとか」

「……そっかぁ……」

 なんか……ナルらしくないな。
 でもそれは……健太くんと一樹くんの気持ちがわかるから、だったんだよね。

 ナルだって、本当は本当の両親に死んでほしくなかったんだろうし。
 ジーンだって、本当は孤児になんてなりたくなかっただろうし。
 デイヴィス博士と夫人は良い人たちだったけど、でも、そういう理屈じゃない。

「私もよく、憶えてる……お母さんが死んじゃった時、中学生で……途方にくれて、みんな優しくしてくれたけど。

 でも……満たされない何かってあるんだよね。
 あんなに皆によくしてもらったのに、心のどっかでいつもお母さんのことばっかり責めて、なんで一緒に連れていってくれなかったの、ってすごく怒って……お母さんだって、死にたくなかったのに……!!」

 一気に視界がぼやけて、ぼろぼろと涙があふれて来た。
 隣に座っていた綾子が私をぎゅって抱きしめる。香りたつコロンが、なんとなく安心する。

「大丈夫よ。アンタみたいな危なっかしい子、置いていったりしたら何が起こるかわかったもんじゃないから」

「……ん」
 
 そだよね。
 ぼーさんがぽんって私の頭を撫でて、ジョンが優しく肩をさすってくれて、安原さんがハンカチを差し出してくれて、真砂子が優しく手を握ってくれた。

「私も、皆と一緒にいるよ」

 決めたから。
 もう、自分の意地に負けて後悔するのは嫌だ。

 ありがと、と言おうとした時。

 バンッ!

 ……このものすっごい扉の開け方は……

「ミスターデイヴィスはいらっしゃるかしら!?」

 ……ブロンドヒステリー・ミズウェンリとかいう……あわあわ。
 泣いてる場合じゃないや。慌てて私は顔を拭って、立ち上がった。

「ちょ、ちょっと待ってください!」

「あなたに用はないわ」

 うぅう……確かにそうでしょうとも。
 でもでもまずはリンさんを呼ばなきゃっ。

「無礼にもほどがありますよ、ミズウェンリ」

「それはこちらの台詞だわ、ミスターリン!」

 ……そういえば私が呼ぶ暇もなく、この大声は資料室まで届いてるだろーな。
 真っ向から二人は対決して睨合う。

「今日こそ返事を聞かせて頂戴。マドカから言い渡された期限は今日までのはずよ」

「……まどかが?」

 ほええ? まどかさん?!
 リンさんも驚いたようで、しばらくパチパチと目を瞬いていたけど、やがてああ、とうなずいた。どうやら思い当たることがあるらしい。

「全く……まどからしいお節介ですね。わかりました、今ナルを呼びます」

 ええええ!? なな、何が起こってんじゃぁ……?

「聞こえている」

 って、ナルもとうとう所長室から出て来ちゃったよ。
 ……でも……

「ミズウェンリィ、遥々ヨーロッパから辺境の地へ御苦労。
 私の答えは先日、本部の方へ送らせて頂きましたが?」

「なんですって!?」

 おおお、ナルちゃんが復活している。なんて自信満々で皮肉たっぷりな笑顔をしているんだ……ああ腹黒いオーラがっ!!

「アメリカ国籍は捨てます。
 オリヴァー・デイヴィスはあくまで日本人としてイギリス人として日本で過ごす。そう電報を打ちました」

「―――――――ッ!!」

 あ、あめりかこくせきぃ?!
 なんのこっちゃ!?
 でもとりあえずブロンドヒステリーのおばちゃんは大ダメージを受けたらしく、軽くよろめいた。

「お帰り下さい」

 入り口の扉をわざわざ開けて、ナルはニッコリと恐ろしい笑顔を浮かべた。
 ……私、こんな笑顔絶対死んでも向けられたくないな。

「覚えてなさい! SPR日本支部がいつまでも通用するとは思わない方がいいわよッ!!」

「あなたこそいつまでも自分がその地位に甘んじられると思わないで頂きたい。せいぜい足下をすくわれないよう、気をつけて脅迫状を送るんだな」

「――――ダムイッ!!」

 バタンッ!

 ……そして金色の嵐は今度こそ去っていった。
 そーとー怒ってたぞ、ありゃ……。











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