●調査開始●



「しっかしナル坊がよく引き受けたなぁ」

「押しの一手! やっぱりまどかさんに聞いたこのアドバイスは貴重でっせ、ニーサン」

「おうおう、そりゃ良い事聞いた。今度俺も試してみっか。……って、俺はそんな命知らずなことしませーん」

「ううぅ……確かに今回はナルの機嫌は最低だけどさ……」

 都内某住宅街。最寄りの駅で私達(私とナルとリンさん)はぼーさんを拾い、車で来鈴さんのマンションまで向かった。
 ようやく辿り着いたのはマンションというよりも団地に近かった。同じ様な五階建てのマンションが連なって立ち、結構人通りも多い。来鈴さんの空いている駐車場にバンを止めさせてもらい、私とぼーさんは建物を見上げつつ上のような会話を交わした。

「麻衣、遊びに来たのなら帰れ」

「はぁい」

 ほれみろ。ナルってば朝からキリキリしちゃって……いつもより三倍くらいは性格が悪いぞ。

 必要最低限の機材だけを持って(それでもカメラやモニタは重いのであとで運ぶことにした)、私達は階段を登った。
 ……そう、このマンション……エレベーターがない……夜中に足がつるぞ、こりは。

 呼び鈴を押すと、来鈴さんはすぐに出て来てくれた。

「お待ちしてました。どうぞよろしくお願いいたします」

 深々と来鈴さんは頭を下げた。

「顔をあげてください、来鈴さん。こちらこそよろしくお願いするんですから!」

「そうそう。気楽に構えて下さい」

 ぼーさんが便乗する。
 大抵依頼人は緊張しきっていて、ナルとかリンさんにそれをほぐす、なんて器用なことはできない。だから、こういうのは私の役目なのだ。

 実際、来鈴さんはほっとしたようで少しだけ微笑んでくれた。

「狭くて汚いですが、どうぞおあがり下さい」

 というわけで来鈴家に私達はお邪魔する。

 結構古そうなマンションだと外観を見て思ったが、中もそんな感じがした。なんというか……生活感が溢れている。実際ここに人が住んでるんだな、っていう雰囲気。もちろん、暖かい家族の温もりも感じる。

 2LDKマンションと言うだけあって、実際そこは狭かった。ダイニングは和室になっていて畳がひかれている。そこは通常夫婦の寝室になっているらしい。テレビとちゃぶ台が置いてあるリビングの奥には続きのキッチンになっている。そのダイニングとリビングに挟まれた廊下を歩くと左に洗面所兼脱衣所とお風呂、右にトイレ。その奥を更に進むと右に六畳の子供部屋、左に夫の仕事部屋がある。

 子供部屋では二人の幼い男の子達が積み木を囲んで遊んでいた。

「こんにちわ。君が健太くん?」

 背の小さい方がこっくりとうなずく。

「一樹、健太、ご挨拶なさい」

 穏やかに来鈴さん……あー、そっかこのおうちの人はみんな来鈴さんなのか――美智子さんが言う。

「きすずけんた、五歳です!」

「来鈴一樹、八歳です! おきゃくさん?」

 お兄さんの方は一樹くんね。ふむふむ。そうよ、大切なお客さまよ、と美智子さんが笑う。

「一樹くんは八歳かぁ」

「なんとなく心配で……あれから学校を休ませてるんです」

 申し訳なさそうに美智子さんはうつむいた。
 その気持ちは……何となくわかるな。誘拐か何だかわからないけど、一日行方不明になったあとで自分の目から離すのは恐いに違いない。

「旦那さん、今日はお仕事ですか?」

 一通り家を案内され、私が何気なくそのことを口にしてしまった。
 ……それが地雷だ、と瞬間的に私は美智子さんの表情を見て悔やんだ。

「夫は……今、出張中で……」

「しばらく戻られないんですか?」

 ナルがそう問うと、ええすいません、と美智子さんは申し訳なさそうに答えた。

「部屋は和室の方をお使い下さい。私は夫の仕事部屋で寝起きしますので……」

「ありがとうございます。
 麻衣、ぼーさん、出番だぞ」

 うぅっ……ナルの鬼……どことなく微笑んでないか? エレベーターなしで五階かぁ……キッツイ。

 ともあれ今回は部屋がそれほど大きくないのが救いだ。カメラの台数もモニタの数も少ない……いつもよりは……ええ、いつもよりはね! それでもこの細腕で五階まで荷物を担いで何往復もするのはかなり…………かーなーりー疲れた。

「っあ゛ー……疲れた……」

 最後のモニタを和室に運び込んで、ぼーさんは畳の上に転がった。

「お疲れ、ぼーさん……私ももう疲れた……」

 それぞれの部屋と廊下にマイクとカメラを設置し、温度もはかり終わった。早速リンさんとナルがモニタをつなぎ、色々なデータを入力し始める。大半のことは私にはわからないけど、今のところ目立った異常は見られないらしい。

「足音とか失せものが戻ってくるって?」

「うん。起こる時間とかはバラバラみたい。夜に多いかと思ったけど、話を聞く限りじゃ昼間にも何回かあるみたいだし……肌寒いって感じることはあっても、それって単なる不安感からくる寒気かもしれないし。今のところ、霊の仕業とは断定できないみたい」

「ふぅん……ま、俺もまだ何にも感じないしな……」

 でもぼーさんは真砂子じゃないから霊の姿を見ることはできない。
 リンさんはパソコンで何やら打ち込み始め、ナルはまた部屋を見て回ってるようだ。

「なんてーか、俺はナル坊がこの依頼受けるとは思わなかったなぁ」

「私が無理矢理うなずかせたよーなもんだけど?」

「それでも、さ。本気で嫌ならナル坊がここまですることもないだろ? 適当に知り合いに仕事を振っちまうとか、そういう手段もあったはずだ。まだ何か別の目的がありそうな気がするなぁ」

「またまたー、考え過ぎじゃない? ついに私がナルより上位にたったってだけかもよ?」

 ウヒヒ。まどかさんから聞いたアドバイスは効果ありってわかったしね。

「それは上司に対して随分な物言いだな」

「げっ……」

 いつの間に戻って来たんだ、この所長……クソゥ……確かに上司だけどさ。

「この部屋は小さいだけあって防音があまりされていないな」

「なに?」

「奥の子供部屋の扉を閉めてもぼーさんたちのやかましい声は聞こえた」

 やかましいってなんだ、コルァ! と思ったけど、多分今つっこんだらまた上司云々を引き合いにだされるんだ……性格が悪いんだから、全く……。

「それなら隣の部屋で大きな足音を鳴らせば天上から聞こえた、と勘違いしてもおかしくはない……か?」

「ああ。だがその考えは早急すぎる。実際に足音を聞いてみなければ何とも言えないな。
 感度は?」

 リンさんがヘッドフォンを半分耳に押し付けて、しばらくしてから問題ありません、と答えた。

「今回は専用の機械を取り付けたので、音がどの方向から聞こえて来るか判別はできます。何の音かは分析してみなければわかりませんが……」

「なら足音は待ちの状態に入る。麻衣」

「ふぇいっ」

 ええい、そろそろ復活してやるっ。

「来鈴夫人から『なくしたと思ったら不自然な場所で見つかった』と思われる物を聞いてリストを作ってくれ。失せた物、元々あった場所、見つかった場所、その他気になること、できるだけ詳しく聞いてくれ。可能ならそのモノの入手経路も」

「はいはいっ」

「返事は一度でいい。二度も言わなくても理解できる」

「はい!」

 どうせ私はお馬鹿で性懲りもないです! ええ!!

「俺達は屋上へあがってみよう」

 ぼーさんはナルと二人、というのが嫌らしく苦い顔をしていた。連帯責任だもんね!






「最初は……ネックレスだったと思います」

 記憶を掘り起こし、美智子さんはようやく思い出してくれたようだった。

「ネックレス?」

「はい、シルバーのネックレスです。そこの和室の角に置いてあるタンスの一番上の引き出しに入れておいたんです。アクセサリは子供の手の届かないところに置いてあるんです。ですから、居場所を知っているのは私だけで……それなのに、三か月ほど前でかける時に捜してみると見つからなくて……」

「その前に使用した時置き場所を間違えたとか……?」

「……そんなはずは、ないと思います。その前に使ったのはそれの二日前で、きちんとそこにしまったのを憶えてましたから……でもその時はおかしいな、と思って家中を捜したんです。子供部屋もくまなく捜したんですけど……見つからなくて、どこかにまぎれてしまったんだと思いました」

「一度は諦めた訳ですよね? それがまた見つかったのは何日後ですか?」

「ええと……正確には憶えてないですけど、確か二週間後くらいだったと思います。そこの主人の仕事部屋は和室になっていて……その天袋をたまたま別の物を捜しに開けた時に……きら、って何かが光っていたと思ったら、シルバーネックレスがそこにあったんです」

「その、何か天袋にしまうときにまぎれて置いてしまったとか……ご主人が間違ってしまってしまったとか……?」

「夫は何も知りません。天袋なんてそもそもいじらないですし……その時は本当に久しぶりに開けたんです」

「二人のお子さん……椅子を使えば届きます?」

「タンスには届くと思いますけど……天袋は椅子に登ってもあの子達の身長では難しいと思います」

「うーん……」

 これは……おかしい、のかもしれないけど……でも、全く人間に不可能な訳でもない。
 なんだろう……なんか、違和感があるなぁ……。

 ともあれ、こんな調子で私のメモは埋まって行った。


 1.ネックレス  タンスの引き出し(一番上)にあった。約二週間後、仕事部屋の天袋にて発見。昔買ったもの。
 2.指輪     同上。約一週間後、ベランダの端で発見(排水溝の近く)。夫からのプレゼント。
 3.ボールペン  リビング電話機の隣に置いてあった。約一週間後、子供部屋の窓脇で発見。どこかでもらったもの。
 4.マグカップ  キッチンの食器棚にあった。約四日後、風呂場のタオル掛けにかかっていたところを発見。何年か前にスーパーで買ったもの。
 5.ハンドバッグ リビングの端に置いてあった。約二週間後、玄関の新聞受けにて発見。中身は全部そのまま。何か月か前にバーゲンで買ったもの(ブランド品ではない)。
 6.メガネ    美智子さんのものでリビングのテーブルの上にあった。約二日後、キッチンのガスコンロの後ろで発見。何年か前に買い替えた。
 7.クシ     脱衣所のカゴの中にあった。約二週間後、ベランダのフェンスの上で発見。何か月か前に買ったもの。

 ……憶えてる、というか気づいたのはこのくらいのようだ。
 そして、……

 8.健太くん   キッチンで一緒にいた。翌日の明け方、いつの間にか戻り美智子さんを起こしに来た。

 でもおかしな失せものは二か月くらい前からだから……多いというべきか少ないというべきか……。
 美智子さんは夕食の支度があるから、とキッチンにこもって包丁を響かせている。単調なリズムが何となく私の思考を鈍らせる――うう、元からオバカだけどさ。

 と、急に玄関が騒がしくなった。











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