「ったく、白々しい! 嘘も方便ってか?」

「馬鹿とはさみは使い用です」

 ぼーさんとナルが帰って来たらしい。

「どったの?」

「や、管理人のおばちゃんに根掘り葉掘り聞かれてサ……ナル坊がまたとんでもない嘘をかますものだから、おにーさんはビックリしちゃったよ」

「なんていったの?」

「俺がプロの写真家で、ナル坊がそのアシスタントだってよ。俺は敬愛する師匠なんだそうだ」

「うわぁ……」

 そりは……なんか恐い……。ナルの師匠……それはあのまどかさんくらいしかやっていけないんじゃなかろーか。

「麻衣、仕事は終わってるのか?」

 こんな無愛想な弟子なんていらないやい!

「できたよ。一応、気が付いた物だけ話してもらったけど、正確な場所や時間はあやふやみたい」

 ほい、と私のメモを渡すとナルはしばらくそれを見て考え込んだ。

「人間を含め八回か……随分と失せものにばらつきがあるな。見つかるまでの時間もばらばらだが……」

「でもそのなくしものを見つけたのは偶然だよ? 特に天袋なんて普段みなけりゃ、いつそれが戻ったかなんて正確な時間を知りようがないじゃない」

「それは確かにそうだが……」

 キッチンへ向かい、ナルは美智子さんを呼ぶ。

「旦那さんが気づいた失せものはありませんでしたか?」

 エプロン姿のまま、美智子さんは苦笑した。

「主人は仕事で忙しいので……きっと何かをなくしていても、それに気づく余裕なんてなかったと思います」

「ではお子さんたちが気づいた失せものはありませんでしたか?」

「それは……ないと思いますけど……少なくとも、おかしいと思うほど不自然ななくしものはなかったと思います。パズルのピースやおもちゃの一部をなくしてしまうのはいつものことなので……」

「ここ二か月あまりで起こった『奇妙な失せモノ』はなかったと?」

「思います……」

 あーあーー、ナルの物言いがまた美智子さんを畏縮させちゃったよ。

「わかりました、ありがとうございます」

 無表情でそんなこと言われたって、こっちは全然感謝された気にならないんだよ! まったく!

 和室の襖を閉め切ると、ナルはリンさんにメモを渡して打ち込んでもらった。

「『奇妙な失せモノ』に関しての被害者は来鈴美智子さんのみのようだな」

「でも旦那さんも子供達も気づいてないだけで、実際には被害にあってるかもしれないよ?」

「気づかないほどの失せモノなら『特殊』にはならない。被害にもならないだろう。
 このリストから見ても彼女の私物がほとんどだ」

「でもよぉ……言っちゃ何だが、これくらいのいたずらは人間でもできるぜ?」

「ぼーさんの意見も最もだ。特にこの発見場所から考えて、隠し方に稚拙な印象を受ける」

 うんうん。確かにこれだけじゃ霊の仕業ってのはおかしい。そもそも持ってくならともかく返してくれてるんだから。

「でも一樹くん達じゃ椅子を使っても手が届かないところで発見されてるものもあるよ?」

「会って話を聞かなければわからないが、夫の方に何か事情があるのかもしれない」

「なんで? 旦那さん出張中なんでしょ? 家にいないんじゃモノを隠したりは……」

「子供が誘拐されたかもしれないのにか?」

 あ。
 そーいえば……ほんの五日前には、健太くんは行方不明になったんだった。

「警察まで動いたんだ。その直後、犯人も捕まらないまま出張に行くのはおかしい。仕事部屋も妙に整理整頓されていて、机の上には埃が溜まっていた」

「それって……」

 そか。それでさっきからナルもぼーさんも小声で話してるんだ。キッチンにいる美智子さんに聞こえないように。

「離婚した、とか?」

「名字が変わっていないのなら調停中、あるいは別居中ということだな。とにかく会ってみなければわからない。
 案外『奇妙な失せモノ』に関しては何か人為的な理由があるのかもしれない。常になくなっているのは一つだ。いきなりごっそり持っていかれた訳じゃない」

「うーん……旦那さんがいじわるで気味悪がらせて自分を頼って来るようしむけてヨリを戻そうとしてるとか」

「それならこの場にいなければ不自然だ。とっくに戻しているだろう」

「そだよね……二か月も経ってるんだから」

 なんか……すごく複雑だなぁ……それなら、健太くんと一樹くんは二か月以上もお父さんと会ってないのかな……美智子さん、ひとりで二人も育てるのは大変だろうなぁ……。

「あくまで憶測に過ぎない。妙な先入観は持たない方が良い」

「だな」

 ぺしっと軽くナルとぼーさんに頭を前後叩かれた。
 およよ……慰めてくれたのかなぁ。

「次に『足音』の件だが」

「入力は終わってます」

 リンさんがモニタを皆の方に回してみせる。

「五階建てで一階につき部屋は六つ。部屋番号の百の位が回数、一の位は左から付け足していってます。つまりここは503に市する訳です」

 かちかちっとマウスをクリックして五階の部屋が並ぶ。
 ふむ、来鈴さんちはちょうど真ん中にある訳だ。

「入居者名簿によれば502が一家三人。両親と二十歳になる息子。503には来鈴一家四人。504には同じく一家四人、両親と十六歳と十八歳の子供。403には一家四人、祖母と両親と十三歳の一人息子がいます。音がこの503に響く可能性があるのは、この三部屋からの生活音ですね」

 うむむ……足音は駆けっこしてるくらいの音っていってたから……小さな子がいないのは……変と言えば、変かな……?

「麻衣、話を聞いている最中に何か気づいた物音はあったか?」

「ん? んー……特別気にするような音はしなかったと思うよ。一樹くんたちが遊んでたりする音は聞こえたけど」

「……………………」

 ぼーさんとナルが視線で会話する。おおおい、ちゃんと喋ってってば!

「ほんとに何の音も聞こえなかったか?」

「えー……うーん……でも私がたとえ見逃してても音に敏感になってる美智子さんなら何か言うと思うし……」

「美智子さんは何にも言ってなかったか?」

「うん」

 ぼーさんがまた少し考え込む。
 なんだよなんだよー!

「いや、さっき屋上に行った時に一周してきたんだわ、走って」

「走って?」

「そ。まんべんなくこの俺が」

 と、ぼーさんは嫌味ったらしく言う。うーん、ぼーさん最近運動不足なんじゃ?

「屋上に出るとどの辺りが来鈴さんちかは具体的にはわからないからな。とりあえず端から端まで走ったんだ。なるべく足音をたてるように」

「でも足音は聞こえなかったよ?」

「だとすれば、音の発信地が屋上じゃなければ……ぼーさん程度の大人が走って起こる足音じゃ小さすぎたか……」

「小さすぎた、って言っても大の男がドタンバタン走ったんだぜ? どんだけの巨人が屋上で徒競走すんのさ」

「うーん……そだよねえ……」

 確かに『足音』の方はなんか気味が悪い。ぼーさんが更に話してくれた屋上の様子によれば、給水塔や非難ハシゴの他には何にもなく、特にこれといった装置のようなものも発見されなかったらしい。

「そもそも、鍵の問題もある」

「あ、そか」

 屋上は通常立ち入り禁止になっていて、扉には鍵がかかっているのだ。
 ちゃらり、とぼーさんはキーホルダーのついた鍵を指で回した。

「管理人さんの話だと鍵はこの一本ともう一つ管理人さんが持ってる合鍵しかないらしい。誰かにペアを渡したこともないし、なくしたこともないそうだ」

「こっそり持ち出しちゃうとか?」

「管理人のオバチャンはほとんど家にいてテレビ見てるんだと。ちなみに鍵はそのテレビ台の下に置いてるらしい」

「ふーん……」

 どこかげんなりとした表情でぼーさんは話す。……よっぽどそのオバチャンの相手が疲れたんだな。

「ところで入居者名簿とか鍵の在り処とか、よく話聞けたねぇ」

「ああ、来鈴さんがなるべく穏便にって言うからな……被写体のモデルを頼みたいとかまたとりに来るかもしれないから、とか色々とな……」

 じとー、とナルを睨むぼーさん。

「有能な上司を持って幸福だろう?」

 ……なんで私まで巻き込むかなぁ、全くもう……。
 文句を言おうとして口を開きかけた時、

「ナル!」

 鋭いリンさんの呼び声に続き、頭の上から衝撃音が降って来た。











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